フィリピン日記 2010/2
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今日のトイス・エデュケーション
Posted Date:2010/02/23(Tue) 03:26

日記 2010/2/20
写真(あ・い・う)は
今日のトイス・エデュケーションです。毎日子供たちの名前リストに記録し遊びを通して礼儀や秩序を
教えていきます。日本のように親御さんが礼儀・秩序を教えていると良いのですがここ貧民区では両親
自体も低学歴が多く礼儀・秩序に欠ける人々が多い状態です。国際トイス・ライブラリー(おもちゃの図
書館全国連絡会)からの寄付で沢山のおもちゃが届き貧民区の子供たちは今まで見たこともない、触った
こともないおもちゃに大感激です。中には泥棒しちゃう子供もいます。ボランティアの子供指導員が必
要です。
写真(え・お・か・き・く)は
タイヤの小さなリヤカーでごみをあさる子供たち袋には見つけた金物・ペットボトル・ダンボールなど
区別してあります。これを売って換金します。一人の子は課を画ススだらけでした。服やズボン、サン
ダルは着ていますがせんたくした様子はありません。ズボンもチャックのところが破けてました。
今度ブロック22でもフィーディングの予定だから実施したらおいでねと言って別れました。
インドはいろんな意味で刺激的な国でした。 <海外ボランティア感想文>
Posted Date:2010/02/02(Tue) 11:26
【出発日】2009.12.16 【総評】大満足 【プロフィール】m.k(ニックネーム) /女性 /大学生 / 東京都(1)参加動機国際協力のボランティアに興味があり、ずっと海外へのスタディーツアーに参加したいと思っていました。特に東南アジアの途上国に興味があり、その中でも人口も多く急激な経済発展の影響を受けるインドという国を体験したかったので参加しました。(2)参加した感想 インドはいろんな意味で刺激的な国でした。インドで見たこと、経験したこと全てが自分にとって初めてのことだったからです。インドの町はどこへいっても行きかう様々な階級の人々や人力車、路上に横たわっている牛や犬の動物、路上生活者であふれかえっており、交通ルールなど気にしないせっかちなインド人が鳴らす町中に鳴り響く絶え間ないクラクションの音。特にどの町に行ってもいた特に数え切れないほどの体の不自由な物乞いや物売りが印象的でした。私は初日に初めてデリーに降り立ってこのような光景を見、そして汚染された町の空気を吸った時、私たちの生活する先進国とはほど遠いこの現実にただただ圧倒され、怖気づいてしまいました。正直、今まで訪れた途上国の中でも最も悲惨な光景がそこには広がっていました。しかしそれと同時に、町を歩いていると出会うそこに生きる人々の活気は、なんだか私の眼には魅力的に映りました。 ホームステイでは、インドの家庭の生活を経験することができ、良い思い出ができました。私が滞在したホストファミリーは2家族とも小さい子供が二人いたので、毎晩子どもと遊んで楽しい時間をすごしました。料理も食べきれないほどたくさんの量をふるまってくださり、大変親切にしていただき、お世話になりました。インドの人はびっくりするぐらい本当によく食べるのです。デリーのステイ先はインドの中でも割とお金持ちの家だったのか、家にはまだ若い子供とみられるお手伝いさんが住み込みで働いていました。実の子供たちと、彼女に対する家族の態度の違いとその露骨さに私たちは動揺してしまいました。彼女のおかげで私たちも快適な生活ができたのは事実ですが、この現実を目にした時、私はインドの貧富の差という複雑な現実を知った気がして切ない気持でいっぱいになってしまいました。しかしながら自分が彼女のためにできるせいいっぱいのことは、チョコレートやチップを与えることしかありませんでした。その時の彼女の喜んだ顔は忘れられないでしょう。 コルカタでのボランティア活動は、思っていた以上に過酷でした。私はカリガートでの勤務を希望したのですが、希望者が多すぎて、似た業務を行う老人や病人の施設プレムダンと、障害児施設シュシュババーンで活動をすることになりました。プレムダンでは主に洗濯・コミュニケーションやマッサージ・食事の配給と食事補助、食器洗いが中心で、洗濯の作業が最も過酷で手の皮がボロボロになってしまいました。施設ではシスターのほかに、ほかのボランティアの方がたくさんいました。また、ボランティアなのかお金をもらって働いているのかよくわからないような現地のインド人がいて、彼女たちの患者さんへのあまりの厳しさに少し私たちは戸惑ってしまいました。カリガートの施設の周辺にたくさんの路上生活者が地べたに座っているのを見たときに、現地のガイドさんが「路上生活者の中には、施設内が厳しすぎるために意図的に施設に入らないようにしてる人もたくさんいるんです」といっていた意味がわかった気がしました。 今回のインドへのボランティアツアー全体を通して学んだことは、自分の希望するボランティア先で活動をできないほど、マザー・テレサさんをはじめ世界には人を助けたいという思いでこの場所に集まってきている人たちがたくさんいて、その無償の協力のおかげで施設が成り立っている一方で、それでも尚インドの街には数え切れないほどの貧しい人々が存在しているというこの国の貧困問題の厳しさです。現在インドは経済発展の著しさから世界から注目され期待されているが、11億人という世界2位の人口を誇るこの国において富を有する人々は本当にごく一握りであり、一方で貧困に苦しむ人々は数え切れないのだという事実を私はこの目で目撃しました。そしてインドの場合は他の途上国と違いその貧困の現状を改善することを困難にしている原因が未だなくならないインドのカースト制度の名残や宗教色にもあるのだという難しい事実を学びました。 今回のインドへの旅は間違いなく私の人生観を変えたと思います。どちらのほうがいいとは言えませんが日本という国の狭さ、平和さ、人々の無関心さや活気のなさを再確認しました。これを機に今まで以上に海外へと自分の目が向くようになり、もっと深く世界の貧困問題を知りたいと思うようになりました。この旅で学んだ事実をしっかりと受け止めて少しでも自分が大きな人間になれたらと思います。(3)今後、この経験をどのように活かしたいか まだ具体的にどう生かせるかはわかりませんが、今回の旅を通じて、今まで以上に日本での日々の生活に感謝しながら生きていかなければと思うようになりました。そしていつか国際協力の仕事にかかわりたいという夢の第一歩になった思います。
私にとって大切な宝物・・・ <海外ボランティア感想文>
Posted Date:2010/02/02(Tue) 10:41
【総評】大満足 【プロフィール】しんちゃん(ニックネーム)/男性/大学生/兵庫県【1】『参加動機』私自身、大学4回生になって何か自分のためになり、自分自身を成長できることをしたいと思っていました。私は海外に行ったことがなかったので行きたかった事も理由のひとつです。またボランティアにも興味があり、色々な理由が重なって、このツアーに参加すれば全てが達成できると思い、このツアーに参加しました。 【2】『参加した感想』 本当に色々なことを体験できて、とても有意義な旅でした。初めはボランティアをする気満々で臨んでいたのですが、すぐに修学旅行気分になってしまいました。知らない者同士で集まった23人がすぐに仲良くなったと思います。参加者は23人のうち男性が6人だったので、男性組はかなりの結束力ができたと思っています。みんなで一緒にトイレを作ったり、ストラップを作ったりして共同作業も楽しむこともできました。山岳民族の村でももてなしてしていただき、至れり尽くせりでした。 しかし、ただ楽しむだけではなくて、村のホームステイをすることにより、どのような環境で生活しているかがよき理解できました。終わった後に考えてみると、楽しかったことしかしか思い出せませんが、色々なことが自分のプラスになったことは確かだと思います。山岳民族から現地のガイドさん、そしてこのツアーに参加した一人ひとりとの出会いは私にとって大切な宝物となりました。 【3】『この経験をどう活かしたいか』 この体験では本当に多くのことを得ることができたと思っています。海外の雰囲気から、生活環境にいたるまで細部まで体験できたと感じています。しかし、漠然としたことが多いです。ただ、この体験を通じて、チャレンジすることはいいことだと心から思いました。ですので、これからもやったことのない色々なことにチャレンジしたいと思います。そのような気持ちを忘れず活かしていきたいと思っています。また、これからも人との出会いは大切にしていきたいと思いました。
こんなに「ありがとう」って・・・ <海外ボランティア感想文>
Posted Date:2010/02/02(Tue) 10:33
【総評】大満足 【プロフィール】ゆー(ニックネーム)/女性/大学生/東京都【1】『参加動機』 大学で地域研究、その中でもアジア地域を中心に学んだため、タイは頻繁に授業で扱われる国でした。また、教育についての授業では児童労働や人身売買の問題も学びました。しかし、机の上で学ぶだけでは見えないことばかりでした。単なる観光ではなく、自分がもっと自発的に現地の人と関われる機会をもてたら、と思って参加しました。【2】『参加した感想』 こんなに「ありがとう」って一日に何回も言ったことがあったかな、と思いました。なぜなら、今回はカタコトの英語も通じないアカ族、ラフ族の村でのホームステイ。伝えたいことはいっぱいあるけれど、言葉にできなくて、それで毎日何度も何度も「ありがとう」って言って、毎日たくさんの笑顔を交わしました。深い話はできなかったけれど、村の人たちは個性的であたたかくて、あの笑顔は忘れられません。だから「もう会えないかも」とは考えないようにしました。ホームステイをした3つの村がそれぞれ抱える問題について、最後の日にさくらさんが色々お話してくれました。それがとてもショックでした。村々で会った子供たちの顔を思い出しながら「あの子達が無事に大人になって、平和に生活してほしいなあ」と願わずにはいられません。 高校生くらいからタイと言えばバンコクのマーケットや大きな寺院をイメージしていました。今回初めてタイに行って、イメージは大きく変わりました。竹でご飯を炊いた山の壮大な景色、象で上って下った赤土の急な坂道、竹でできた簡素だけど機能的にできている村の家々。後々思い出すのはきっとこういう平和な風景だと思います。そして、手をあわせてにっこり微笑んでくれたたくさんの人たちを思い出すと思います。【3】『この経験をどう活かしたいか』 大学2年生のときに韓国の山奥でのワークキャンプに参加したことで、私は韓国に留学、通訳のボランティアなど、大学生活の多くを費やしてきました。しかし、もしも2年生くらいでこのスタディーツアーに参加していたら、きっとタイに留学して、タイに関わることを選んでいたでしょう。そのように考えると、ものごとには偶然と言うか、「縁」というものがあると思いました。 今回、私が参加した理由の一つに「なんとなく将来に対して漠然とした不安を持っていた」というのがあります。来年から働かなくてはいけないのに、それをすんなり受け入れられない迷いのようなものがありました。しかし、今回一緒に参加した日本人の友達はみんなそれぞれ違う境遇にあって、それぞれ違う夢もあるし、悩みもあるし、毎日一緒に行動しながらとてもいい影響を受けることができました。こういう友達に出会えたのも「縁」があったからだと思いました。 そうやって考えているうちに、ものごとにも人の出会いにも「縁」があり、まずは今、目の前にしかれてるレールを私に「縁」のある道だと信じて進んでみようかな、と爽やかな気持ちで帰国しました。
わたしは彼らに「生き方」を学んだ・・・ <海外ボランティア感想文>
Posted Date:2010/02/02(Tue) 10:31
【総評】大満足 【プロフィール】みぃ~(ニックネーム)/女性/大学生/東京都【1】『参加動機』 今回このスタディーツアーに参加した動機をひとことで言えば、「自分の目で違う世界を見るため」だった。わたしはむかしから世界や異文化については興味があったし、海外へはそれなりに行っていたほうだと思う。そうやって外国に目を向けているうちに、わたしはそこに渦巻く多くの問題を発見することになったのだ。そして、大学の講義を受け、その深刻さや複雑さを思い知った。問題解決のために自分にできることはなんであろうか、いつしかそう考えるようになっていた。そこでわたしが導きだした答え、それは現地に赴き、自分自身の目で現状を把握し、問題の根底にあるものを見つけ出すというものだった。そしていつか、自分の努力でだれかを手助けできればいいと、そう思って参加を決意したのだ。 このようにわたしの求めることは言葉では簡単にカタチにすることができる。しかし、これを実際に行うことは決して容易ではない。そこには計りしれない知識と多方面からのアプローチ、さらに大いなる経験が必要であることはいうまでもない。自分自身がたてたこの目標をクリアするには今の自分では不十分である、そのことはもちろん承知のうえの参加であった。だからこそ、このスタディーツアーを通して今の自分には何が足りないのか、これからわたしは何を学ぶべきなのか、そのヒントを手に入れたかったのだ。全ては、自分に課した目標のために。【2】『参加した感想』 では、ツアーを通してわたしはそれらヒントを手に入れることができたのであろうか。答えは「ノー」である。しかし、わたしは、自分の求めていた答えよりも大きな答えを手に入れることができた。自分の見失っていた、もっと大切なものをこの目でみて学ぶことができたのだ。今回わたしが得たものは今後のわたしの人生に大きく関わるであろう。わたしは彼らに「生き方」を学んだ。参加動機の元にもなった考えの根底を彼らによって覆されたのだった。 前にも述べたように、わたしは貧しい暮らしをしているひとの手助けがしたいと、どこかに哀れみの感情を抱きつつそう思っていた。しかし、アカ族の彼らと出会い、そんな自分がとても恥ずかしく思えたのだ。何も知らない自分が、彼らに哀れみの感情を抱いたという過去の事実に、どこか悔しさににたものを感じることとなったのだ。それは何故か。彼らはわたしたちに比べればはるかに貧しい暮らしをしていた。しかしその事実に反して、本当に幸せそうであったからだ。 誰もが美しく笑い、子供たちはその瞳をきらきらさせている。言葉の壁がありながらも、どんな行動にも思いやりを感じた。ひとの暖かさを身をもって実感することができた。そこには、ひとを思いやる気持ちがあふれていたのだ。多くのひとの愛に包まれてわたしは気付いた。彼らは決して貧しくなんかない。本当に貧しかったのはわたしのこころであったのだと。 真の貧しさ、それはこころの貧しさであると、そう学んだ。美しく生きるということは、もっと単純なことであった。ステータスなど、周りの目を気にして生きているわたしたちは、本当に大切なものを見失っている。もっと身近にある生きる幸せを逃している。だれか大切なひとの笑顔のために何かをして、それを受け取る側は感謝の気持ちを忘れない。そうやって笑顔は伝染していく。そうやって幸せは得ることが出来る。 わたしは出会った村のひと達からこのような大きなものを教えてもらった。以前から、何事に対しても感謝の気持ちは忘れないでいたいと思ってはいたものの、その本質を魅せられた気がしてならない。自分にとってあまりに大きなものを感じ取ったため、正直なところ本来の目的は忘れかけていたきがする。しかし自分にとって、ひとの笑顔が自分自身の生きる喜びとなるのだと実感できたし、これからもそうやって生きていこうと、ある種の人生における哲学のようなものが確立できた。こんなにも大切なことを教えてくれた彼らは、わたしにとっては一生こころにいき続ける愛しいひとびとである。だからこそ、彼らとは違い、勉強が十分にできる環境にあるわたしは学び、いつか恩返しができればよいと考えている。 いくら彼らが貧しくないとはいえども、それは精神面においての問題であり、現実問題として貧しくないと言うのには、やはり厳しい面が見受けられる。ひとりの人間として、保障されるべき権利さえままならないという現状もある。そのような点は今後改善されるべきであるし、またわたし自信そのための努力はしたいと思っている。 スタディーツアーということで、現地の状況を学んだり生の声を聞いたりする機会もたくさんあった。そこでわたしが感じたのが「複雑化」である。一見ひとつの問題に見えても、そこには多くの問題が複雑に絡み合っている。だからこそ解決が困難であるということ。わたしが予想していた通り、解決には多分野に渡る知識と専門性が必要になることは確かであった。【3】『この経験をどう活かしたいか』 わたしの通う大学では、国際関係や開発の講義が多く行われている。そう、このことは自分にとってとても有利であり、チャンスなのだ。一気に多分野に手をつけることは不可能かもしれないが、わたしは自分なりに問題ひとつひとつにアプローチしていこうと決めた。このスタディーツアーで得たことを決して無駄にしたくはないから。だからこそ、これからも自分の哲学に沿って自分の正しいと思うみちを歩んで行こうと思う。すばらしい経験をどうもありがとうございました。
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