青年隊 2010/6
| <<前へ |
マニラでの日々
投稿日時:2010/06/30(水) 23:35
残りのマニラ生活は、大使表敬やら、ボランティア調整局でのインタビューやら
JICAでの報告会やら、所長表敬やら。

所長、お元気で~
後輩隊員とも一人一人お別れして

またどこかで会えるよね
合間合間にお土産買ったり、荷物まとめて送ったり
最後にフェイシャル行ったり、マッサージ行ったり
オランウータンと手をつなげる動物園に行ったり

後輩隊員とご飯食べたり、またカラオケ行ったり。
そこでいつもは飲まないゆりが飲んで、べろんべろんに酔ったり(めずらしい)
さおりんが食中毒になったり
だから、調整員ランチに、さおりん来れなかったり~

ゆりはかろうじて来れた
そして旅立ちの朝

朝早くに起きてくれた仲間と写真をとって

みんなとお別れ。
いつもは逆の方向から見てたのに。
自分はワゴンからドミから見送られていることに違和感を感じた。
最後の最後まで、帰るという実感がわかぬまま、
フィリピンとしばしのお別れです。
JICAでの報告会やら、所長表敬やら。

所長、お元気で~
後輩隊員とも一人一人お別れして

またどこかで会えるよね
合間合間にお土産買ったり、荷物まとめて送ったり
最後にフェイシャル行ったり、マッサージ行ったり
オランウータンと手をつなげる動物園に行ったり

後輩隊員とご飯食べたり、またカラオケ行ったり。
そこでいつもは飲まないゆりが飲んで、べろんべろんに酔ったり(めずらしい)
さおりんが食中毒になったり
だから、調整員ランチに、さおりん来れなかったり~

ゆりはかろうじて来れた
そして旅立ちの朝

朝早くに起きてくれた仲間と写真をとって

みんなとお別れ。
いつもは逆の方向から見てたのに。
自分はワゴンからドミから見送られていることに違和感を感じた。
最後の最後まで、帰るという実感がわかぬまま、
フィリピンとしばしのお別れです。
マニラデシピ
投稿日時:2010/06/30(水) 23:04
そしてマニラで今度は隊員向けにマニラデシピ!
なんとお先に帰った同期のしぶやんもこの日のために来比!!

しかもこの日は次長のバースデ~
新隊員がコントをしてくれたので
我々のシンボル、扇の仲間に入れてあげたのだ

えっ?別に入りたくないって??
特に同期のゆりが頑張って作ってくれたムービー。
思い出がぎゅっと詰まってて、ほんとに素敵なものに仕上がった。
プロジェクターがあまり良い物でないため、はっきりと写らず
みんなにはわからなかったかもしれないけど、わたしたちにとって満足できるものだったからそれでいい。
最後の挨拶では、ちょっとうるっときて、言葉につまってしまいましたな。
活動、うまくいったとはいえなかったと思います。
技術とか、知識とか、人間としても未熟な面を思い知った2年間でした。
ただ、後悔はしていません。
自分が今できることを精一杯やったから。
そんなことを言ったような気がします。
調整員さんや次長からの挨拶もすごく嬉しいものだった。
このバッチはみんなベクトルが違う方向を向いていて
こりゃあうまくいかないだろって最初は思ってた。
それくらいみんなバラバラなんだけど
でもみんながとても魅力的なところを持っていて、
みんなでたして6で割ったら、完璧な女性ができあがる(by N次長)
つまり、それぞれの欠点を誰かが埋めて、長所はさらに加算されて
ばらばらのベクトルだけど、だからうまくバランスがとれあって
最高のバッチができあがったってこと。
最初の印象ははなんてかわいらしい子たちが来たんだろうとおもった(ありがとうございまーす
)
みんな、ほんとにいろんなことあったんだよね。
でも、ほんとに、強いんだよね。
思えば、一番このバッチは笑っていた。(by T調整員)
そう、いつも笑いあえる仲間がいたから、わたし2年間やってこれたんだと思う。
デシピでは

こーんなにたくさんの人がきてくれました。
なんと、新隊員以外は1人を除き全員です。
新隊員も半分くらい来てくれてたし。
そして、恒例2次会隊員カラオケ

初めてじゃない?
中に座りきれないくらいの人が参加のカラオケ!
特別にイスが運び込まれて、本当に嬉しかった!
そして楽しかった!!
デシピに来てくれたみんな、本当にありがと~
なんとお先に帰った同期のしぶやんもこの日のために来比!!

しかもこの日は次長のバースデ~

新隊員がコントをしてくれたので

我々のシンボル、扇の仲間に入れてあげたのだ


えっ?別に入りたくないって??
特に同期のゆりが頑張って作ってくれたムービー。
思い出がぎゅっと詰まってて、ほんとに素敵なものに仕上がった。
プロジェクターがあまり良い物でないため、はっきりと写らず
みんなにはわからなかったかもしれないけど、わたしたちにとって満足できるものだったからそれでいい。
最後の挨拶では、ちょっとうるっときて、言葉につまってしまいましたな。
活動、うまくいったとはいえなかったと思います。
技術とか、知識とか、人間としても未熟な面を思い知った2年間でした。
ただ、後悔はしていません。
自分が今できることを精一杯やったから。
そんなことを言ったような気がします。
調整員さんや次長からの挨拶もすごく嬉しいものだった。
このバッチはみんなベクトルが違う方向を向いていて
こりゃあうまくいかないだろって最初は思ってた。
それくらいみんなバラバラなんだけど
でもみんながとても魅力的なところを持っていて、
みんなでたして6で割ったら、完璧な女性ができあがる(by N次長)
つまり、それぞれの欠点を誰かが埋めて、長所はさらに加算されて
ばらばらのベクトルだけど、だからうまくバランスがとれあって
最高のバッチができあがったってこと。
最初の印象ははなんてかわいらしい子たちが来たんだろうとおもった(ありがとうございまーす
)みんな、ほんとにいろんなことあったんだよね。
でも、ほんとに、強いんだよね。
思えば、一番このバッチは笑っていた。(by T調整員)
そう、いつも笑いあえる仲間がいたから、わたし2年間やってこれたんだと思う。
デシピでは

こーんなにたくさんの人がきてくれました。
なんと、新隊員以外は1人を除き全員です。
新隊員も半分くらい来てくれてたし。
そして、恒例2次会隊員カラオケ


初めてじゃない?
中に座りきれないくらいの人が参加のカラオケ!
特別にイスが運び込まれて、本当に嬉しかった!
そして楽しかった!!
デシピに来てくれたみんな、本当にありがと~
任地を離れる日
投稿日時:2010/06/30(水) 19:10
泣くもんかって思ってたのに
「だからこんなとこ嫌いなんだよ」と
最後に言ってしまった工場のおっちゃんに
「ありがとな。また帰ってこいよ」と言われたら
涙があふれてしまった。
ごめんね。最後、ひどいこと言って。
でも、ラプラプ食べたかったよ・・・(笑
そして、ベスにハグされて、また涙。
フィリピン人のハグってすごいの。
あったかい。
デシピに来れなかった英語の先生、マアンもわざわざ来てくれた。

そして、途中まで車で送ってくれることに。
美人で性格が良くって、わたしの憧れの人。
そして、お別れの時。

わたしが泣いて帰ってきたら、「泣いちゃだめでしょ。悲しくなってしまうから」とホストマザーが泣く。
もう、なんて言ってこの感謝を表したらいいのかわかんなくって
ただ、ありがとう、また来るから、忘れないからとしか伝えられなかった。
フィリピンに来る前から一人暮らしをしようと決め込んでいた。
だから、ホームステイを強要された時、ほんとに嫌だった。
アフリカ隊員の広い家を見て、うらやましかった。
でも、今はフィリピンで、ホームステイで本当に良かったと心から思う。
ケンカしたこともあった。
わずらわしく思ったこともあった。
でも、そうして作り上げられるのが、家族の絆ってもんだろ。
フィリピンにもう一つの家族ができたことが、フィリピンで一番嬉しかったこと。
「だからこんなとこ嫌いなんだよ」と
最後に言ってしまった工場のおっちゃんに
「ありがとな。また帰ってこいよ」と言われたら
涙があふれてしまった。
ごめんね。最後、ひどいこと言って。
でも、ラプラプ食べたかったよ・・・(笑
そして、ベスにハグされて、また涙。
フィリピン人のハグってすごいの。
あったかい。
デシピに来れなかった英語の先生、マアンもわざわざ来てくれた。

そして、途中まで車で送ってくれることに。
美人で性格が良くって、わたしの憧れの人。
そして、お別れの時。

わたしが泣いて帰ってきたら、「泣いちゃだめでしょ。悲しくなってしまうから」とホストマザーが泣く。
もう、なんて言ってこの感謝を表したらいいのかわかんなくって
ただ、ありがとう、また来るから、忘れないからとしか伝えられなかった。
フィリピンに来る前から一人暮らしをしようと決め込んでいた。
だから、ホームステイを強要された時、ほんとに嫌だった。
アフリカ隊員の広い家を見て、うらやましかった。
でも、今はフィリピンで、ホームステイで本当に良かったと心から思う。
ケンカしたこともあった。
わずらわしく思ったこともあった。
でも、そうして作り上げられるのが、家族の絆ってもんだろ。
フィリピンにもう一つの家族ができたことが、フィリピンで一番嬉しかったこと。
離任前日
投稿日時:2010/06/30(水) 18:50
任地で過ごす最後の日は、ひたすらお片づけ。
いらないものを捨て、あげるものはあげ。
ごみとして捨てていた紙は、売れるそうで、ホストファミリーに喜ばれた。
また、捨てていたものから、次々と「これも使える。これも」と拾い上げてくれて
さすがフィリピン人は物を大切にしてくれるなぁと嬉しかった。
ほんとは昨日のデシピでビンゴをやろうと思ってたけど
近所の人たちが肉をさばいたり、白玉を作ってくれたり
夜遅くまで皿洗いをしてくれる様子をみて、ビンゴはやめた。
この人たちにプレゼントとしてあげようと。
バリのおみやげや、友達が持ってきてくれた、日本限定のスタバのタンブラー。
娘のリセットから「お父さんがタンブラーを欲しがってた」という前情報をもらってたけど
あげたらほんとに満面の笑みだった。
そしてリセットとはこの日でお別れ

わたしの妹であり、姉であり。
年下だけど、いろんなことを教えてくれ、いろんなところに連れて行ってくれ。
リセットがいてくれてよかった。
そして、夜。
いつもはお酒を飲まないホストファザーにホストマザー。
今夜はビールとワインを飲んだ。
「あおいが明日帰るから特別だよ。悲しい気持ちにならないように」
二人ともほんとに酔っ払うまで。
その気持ちが嬉しかった。
いらないものを捨て、あげるものはあげ。
ごみとして捨てていた紙は、売れるそうで、ホストファミリーに喜ばれた。
また、捨てていたものから、次々と「これも使える。これも」と拾い上げてくれて
さすがフィリピン人は物を大切にしてくれるなぁと嬉しかった。
ほんとは昨日のデシピでビンゴをやろうと思ってたけど
近所の人たちが肉をさばいたり、白玉を作ってくれたり
夜遅くまで皿洗いをしてくれる様子をみて、ビンゴはやめた。
この人たちにプレゼントとしてあげようと。
バリのおみやげや、友達が持ってきてくれた、日本限定のスタバのタンブラー。
娘のリセットから「お父さんがタンブラーを欲しがってた」という前情報をもらってたけど
あげたらほんとに満面の笑みだった。
そしてリセットとはこの日でお別れ

わたしの妹であり、姉であり。
年下だけど、いろんなことを教えてくれ、いろんなところに連れて行ってくれ。
リセットがいてくれてよかった。
そして、夜。
いつもはお酒を飲まないホストファザーにホストマザー。
今夜はビールとワインを飲んだ。
「あおいが明日帰るから特別だよ。悲しい気持ちにならないように」
二人ともほんとに酔っ払うまで。
その気持ちが嬉しかった。
任地デシピ
投稿日時:2010/06/30(水) 17:20
忙しすぎてアップできませんでしたが
無事、日本に帰ってきております
ゆっくりと振り返りながら、最後まで書きたいと思います。
まずは、任地デシピから~
さーて、任地デシピ。
朝5時にパレンケ(市場)に行き、オーダーしていたお肉をとりに。
近くに住んでいるLolo atong(アトンおじいちゃん)も、起きたらもう外にいて
一緒にパレンケにつきあってくれた。
お肉8000ペソ、お野菜1500ペソ、その他調味料やらお酒やらどどーんと買って
レチョン6000ペソも合わせると、20000ペソは優に超えた。
そして買ってくると

自然に近所の人たちが集まって手伝ってくれる。
ご近所パワー。
これがフィリピン。

あまりに自然な助け合い精神に、少し涙が出た。
しかし料理は大変!
わたしも汗だくで、昼にはくったくただった。
こうしてできあがったお料理。

ゲストはもうやったらめったら。

100人?200人?もうよくわからん。
夜は部屋が満杯状態。
立ち食いしてる人たち。
次から次へとひっきりなしに、人が来て、人が帰り。

だーいすきなKuya Ricky。

「あおいはおれらの兄弟なんだ」
そう言ってくれた。
そしてNDAの人たちも

すっげぇ疲れたけど、やって良かったなぁって思った。
ただ嫌なことも。
いつも工場でごはんを作りにきてくれるテスにラプラプ料理をオーダーした。
ラプラプって高級魚で1800ペソもした。
ところがさ、いつまでたっても届けに来てくれない。
昼に一度見に行ったものの、まだできてない。
「もうお客さん来てるから早くね」
そう言ったけど、結局届かなかった。
次の日「わたしのラプラプはど~こ~だ~」と言って、プラントのキッチンに行くと
「もうないわよ。みんな食べちゃったわ」
かっちーん


聞けば、できたものは、ぜーんぶ工場の人が食べたらしい。
で、腹がいっぱいになったから、おっちゃんたちはうちのデシピには来なかったというわけ。
「なんで食べんの?お金払ったのだれ?それ、わたしのデシピ用だって知ってたよね??」
「でも、みんなのお昼ご飯でもあったから・・・」
「金払ったのわたしやし!あんたたちのやなくて、わたしのやし!!
みんなが来るのずーっと待ってたのに。もう嫌だ!だからこんなとこ嫌いなんだよ!!」
なーんか最後の最後にいやーな気分になったのでした。
無事、日本に帰ってきております

ゆっくりと振り返りながら、最後まで書きたいと思います。
まずは、任地デシピから~
さーて、任地デシピ。
朝5時にパレンケ(市場)に行き、オーダーしていたお肉をとりに。
近くに住んでいるLolo atong(アトンおじいちゃん)も、起きたらもう外にいて
一緒にパレンケにつきあってくれた。
お肉8000ペソ、お野菜1500ペソ、その他調味料やらお酒やらどどーんと買って
レチョン6000ペソも合わせると、20000ペソは優に超えた。
そして買ってくると

自然に近所の人たちが集まって手伝ってくれる。
ご近所パワー。
これがフィリピン。

あまりに自然な助け合い精神に、少し涙が出た。
しかし料理は大変!
わたしも汗だくで、昼にはくったくただった。
こうしてできあがったお料理。

ゲストはもうやったらめったら。

100人?200人?もうよくわからん。
夜は部屋が満杯状態。
立ち食いしてる人たち。
次から次へとひっきりなしに、人が来て、人が帰り。

だーいすきなKuya Ricky。

「あおいはおれらの兄弟なんだ」
そう言ってくれた。
そしてNDAの人たちも

すっげぇ疲れたけど、やって良かったなぁって思った。
ただ嫌なことも。
いつも工場でごはんを作りにきてくれるテスにラプラプ料理をオーダーした。
ラプラプって高級魚で1800ペソもした。
ところがさ、いつまでたっても届けに来てくれない。
昼に一度見に行ったものの、まだできてない。
「もうお客さん来てるから早くね」
そう言ったけど、結局届かなかった。
次の日「わたしのラプラプはど~こ~だ~」と言って、プラントのキッチンに行くと
「もうないわよ。みんな食べちゃったわ」
かっちーん



聞けば、できたものは、ぜーんぶ工場の人が食べたらしい。
で、腹がいっぱいになったから、おっちゃんたちはうちのデシピには来なかったというわけ。
「なんで食べんの?お金払ったのだれ?それ、わたしのデシピ用だって知ってたよね??」
「でも、みんなのお昼ご飯でもあったから・・・」
「金払ったのわたしやし!あんたたちのやなくて、わたしのやし!!
みんなが来るのずーっと待ってたのに。もう嫌だ!だからこんなとこ嫌いなんだよ!!」
なーんか最後の最後にいやーな気分になったのでした。
| «前へ |
ログイン

