狂犬病
狂犬病(きょうけんびょう、英:rabies)は、狂犬病ウイルス(rabies virus:ラブドウイルス科リッサウイルス属)を病原体とするウイルス性の人獣共通感染症であり、人を含めたすべての哺乳類が感染する。
毎年世界中で約5万人の死者を出している。水などを恐れるようになる特徴的な症状があるため恐水病または恐水症(hydrophobia)と呼ばれることもある(実際は水だけに限らず音や風も水と同様に感覚器に刺激を与え痙攣等を起こす)。
日本では、感染症法に基づく四類感染症に指定されており(感染症法6条5項5号参照)、イヌなどの狂犬病については狂犬病予防法の適用を受け(狂犬病予防法2条参照)、また、ウシやウマなどの狂犬病については家畜伝染病として家畜伝染病予防法の適用を受ける(家畜伝染病予防法2条及び家畜伝染病予防法施行令1条参照)。
日本では咬傷事故を起こした動物は狂犬病感染の有無を確認する為、捕獲後2週間の係留観察が義務付けられている。係留観察中の動物が発症した場合は直ちに殺処分し、感染動物の脳組織から蛍光抗体法でウイルス抗原の検出を行う。
■目次
1 臨床所見
1.1 病原体
1.2 感染
1.3 症状
1.4 診断
1.5 予後
2 予防および治療
2.1 予防
2.2 曝露後の治療
3 狂犬病ワクチン
3.1 ワクチンの種類
■臨床所見
○病原体
遺伝子型、血清型の分析から、下記の7つの遺伝子型に分類される。
genotype 1 (狂犬病ウイルス rabies virus)
genotype 2 (Lagos bat virus)
genotype 3 (Mokola virus)
genotype 4 (Duvenhage virus)
genotype 5 (European bat lyssavirus type 1)
genotype 6 (European bat lyssavirus type 2)
genotype 7 (Australian bat lyssavirus )外部リンク:Neighbor‐Joining 法によるリッサウイルスの系統樹 国立感染症研究所
genotype 1が従来知られていた狂犬病ウイルスで、genotype 2のLagos bat virus 以外のリッサウイルスは、ヒトに狂犬病様の脳炎をおこすことが知られている
○感染
一般には感染した動物の咬み傷などから唾液と共にウイルスが伝染する場合が多く、傷口や目・唇など粘膜部を舐められた場合も危険性が高い。狂犬病ウイルスはヒトを含む全ての哺乳類に感染し、イヌだけではなく、ネコ、アライグマ、スカンク、キツネ、コウモリ、リスなどからも感染する。
通常、ヒトからヒトへ感染することはないが、角膜移植や臓器移植によるレシピエント(移植患者)への感染例がある。
○症状
潜伏期間は咬傷の部位によって大きく異なる。咬傷から侵入した狂犬病ウイルスは神経系を介して脳神経組織に到達し発病するがその感染の速さは日に数ミリから数十ミリと言われている。したがって顔を噛まれるよりも足先を噛まれる方が咬傷後の処置の日数を稼ぐことが可能となる。脳組織に近い傷ほど潜伏期間は短く、2週間程度。遠位部では数か月以上、2年という記録もある。
前駆期には風邪に似た症状のほか、咬傷部位にかゆみ(掻痒感)、熱感などがみられる。急性期には不安感、恐水症状(水などの液体の嚥下によって嚥下筋が痙攣し、強い痛みを感じるため、水を極端に恐れるようになる症状)、恐風症(風の動きに過敏に反応し避けるような仕草を示す症状)、興奮性、麻痺、精神錯乱などの神経症状が現れる。また、腱反射、瞳孔反射の亢進(日光に過敏に反応するため、これを避けるようになる)もみられる。その2日から7日後には脳神経や全身の筋肉が麻痺を起こし、昏睡期に至り、呼吸障害によって死亡する。
なお、典型的な恐水症状や脳炎症状がなく、最初から麻痺状態に移行する場合もある。その場合、ウイルス性脳炎やギラン・バレー症候群などの神経疾患との鑑別に苦慮するなど診断が困難を極める。いずれにせよ、死亡に至る。
○診断
診断法は「蛍光抗体(FA)法」によるウイルス抗原の検出、「RT‐PCR法」によるウイルス遺伝子の検出、ウイルス分離、血清反応、ELISA による抗体価の測定などにより行われるが、感染初期の生前診断は困難。
○予後
発症後の死亡率はほぼ100%で、確立した治療法はない。記録に残っている生存者は僅か6人のみで、そのうち5人は発症する前にワクチン接種を受けていた。2004年10月、アメリカ合衆国ウィスコンシン州において狂犬病の発症後に回復した症例がある[7]。これは発症後に回復した6番目の症例であり、ワクチン接種無しで回復した唯一の生存例でもある。この際に行われた治療はミルウォーキー・プロトコル(en:Milwaukee protocol)と呼ばれており、治療法として期待されているが、回復に至らず死亡した事例もあり研究途上である。
「最も致死率が高い病気」としてエイズとならんでギネス・ワールド・レコーズにも記録されている。
■予防および治療
○予防
発症後の有効な治療法は存在しない。ただし、感染前(暴露前)であれば、ワクチン接種によって予防が可能である。これはヒト以外の哺乳類でも同様であり、そのため日本では狂犬病予防法によって、飼い犬の市町村への登録及び毎年1回の狂犬病ワクチンの予防接種が義務付けられている。
発生国への渡航前のワクチン接種、及び発病前(海外で感染の疑いがある動物に咬まれて帰国した際など)の治療としておよび抗ウイルス抗体(抗狂犬病免疫グロブリン製剤)の投与により発症阻止が図られる。ただし、日本では現在、抗狂犬病免疫グロブリン製剤が承認されていないので、入手はほとんど不可能である。アメリカ疾病予防管理センターでは狂犬病が発生している地域へ渡航する人のうち、獣医師、野生動物保護の従事者、獣医学科の学生、適切な医療をすぐに受けることが難しい地域を訪れる者については狂犬病ワクチンの暴露前(事前)接種を勧めているが、その他の旅行者、長期滞在者については狂犬病ワクチンの接種を勧めていない。最良の予防法は海外旅行へ行った際には日本と同じ感覚で現地の動物に手を出さないようにすることが重要である。
研究目的における病原体の取り扱いは、P3 或いは P2レベルの実験室が要求される、万一に備えて研究者はワクチンを接種する配慮が必要。
○曝露後の治療
発症すればほぼ確実に死亡するので感染の可能性がある場合には必ず次のような対処が必要である。
咬傷を受けたらまず傷口を石鹸水でよく洗い、消毒液やエタノールで消毒すること。狂犬病ウイルスは弱いウイルスなのでこれで大半は死滅する。そしてすぐにワクチン接種を開始すること。事前に予防接種をしていなければ合計6回、していれば2回接種する。この接種は潜伏期間内に必要回数を受けなければならず、咬傷部位によっては接種回数が間に合わず発病に至ってしまうケースもある。
また、WHOでは初回接種時に狂犬病免疫グロブリンを併用することを推奨しているが、日本国内では未認可のため入手不可能で外国でも一部地域を除き入手困難な場合が多い。いずれにしても大事なことはまず直ちに洗浄消毒することである。
狂犬病にかかった可能性のある場合、医療もしくは獣医療の専門機関に「いつ、どこで、どの個体に咬まれたか」を伝える。ウイルスは唾液腺や神経で増殖するが、唾液へのウイルス排出は潜伏期を経て、発病する3~5日前とされている(過去に一例だけ13日前から唾液にウイルス排出した記録もある)。
一見狂犬病でないような動物に咬まれても狂犬病にかかるリスクは存在するため、咬まれた地域と咬まれてからどれほど日数がたっているのか、また咬んだ個体を繋留して一週間経過観察し狂犬病を発症するか否かを確かめる必要性がある。
■狂犬病ワクチン
○ワクチンの種類
1885年、ルイ・パスツールによって弱毒狂犬病ワクチンが開発された[9]。これは狂犬病を発病したウサギの脊髄を摘出し石炭酸に浸してウイルスを不活化するというものであった。パスツールは狂犬病の予防ワクチンだけでなく、すでに感染した患者にワクチンを投与することで早期なら治療が可能であることも発見している。
現在、狂犬病のワクチンとしては動物の脳を用いて狂犬病ウイルスを培養して作成した動物脳由来ワクチンと培養組織を用いて狂犬病ウイルスを培養して作成した組織培養ワクチン(PCECV)とがある。いずれのワクチンも狂犬病ウイルスを不活化して作製した不活化ワクチンである。
動物脳由来ワクチンとしてはヤギ脳由来のセンプル型のワクチンと乳のみマウス脳由来のフェンザリダ型のワクチンがある。一方、組織培養ワクチンはドイツと日本で製造されているニワトリ胚細胞のワクチン(PCEC:purified chick embryo cell vaccine) のほかに、フランスのヒト二倍体細胞ワクチン、VERO細胞ワクチン(PVRV:purified Vero cell rabies vaccine) がある。
動物脳由来ワクチンは組織培養ワクチンよりも免疫原性が低い上に副反応が強い。日本を含め先進国で受けられるワクチンは組織培養ワクチンである。しかし、一部の途上国をはじめ世界的には動物脳由来ワクチンが流通しており、動物脳由来ワクチンしか手に入らないことが一般的である。
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