HIV(えいちあいう゛ぃー)
ヒト免疫不全ウイルス(英: Human Immunodeficiency Virus, 略称HIV)は、人の免疫細胞に感染し免疫細胞を破壊して、最終的には後天性免疫不全症候群(AIDS)を発症させるウイルスである。俗に「エイズウイルス」と呼ばれることがあるが、正式な名称ではない。
■概要
ウイルスの分類上は、エンベロープを持つプラス鎖の一本鎖RNAウイルスであるレトロウイルス科レンチウイルス属に属する、HIV-1(Human Immunodeficiency Virus type1)とHIV-2(Human Immunodeficiency Virus type2)が存在する。
霊長類を自然宿主とするサル免疫不全ウィルス(Simian Immuno-deficiency Virus, SIV)が、突然変異によってヒトへの感染性を獲得したと考えられている。ウイルスの塩基配列を比較すると、HIV-1はチンパンジーから分離されたSIVcpzに近く、HIV-2はマカクやマンガベーなどのサルから分離されたウイルスSIVmacやSIVsmmに近い。この様な事から、SIVに感染したサルからヒトへと感染し、HIVに進化した物と考えられている。HIV-1とHIV-2の基本的な遺伝子の構造はほぼ同じであるが、塩基配列の相同性は低く60%ほどである。最も大きな遺伝子の相違は、HIV-1にはvpu、HIV-2にはvpxがそれぞれに存在する事である。またこの相違はSIVcpzとSIVsmmの間にも見られる事から、HIV-1とHIV-2はそれぞれ独立した祖先から、人間に感染する能力を持ったウイルスに進化したものと考えられている。
HIV-1は塩基配列により3群に分類されている。グループM(Major)、グループO(Outlier)、グループN(non-M/non- O)に分けられるが、世界的に分布しているウイルスの多くがグループMに属している。グループMはさらにA、B、C、D、E(後に組換え体である CRF01_AEである事が判明。純粋なEは未発見)、F、G、H、J、Kの10のサブタイプに分類される。更にこのサブタイプ間での組換え体が存在し、 CRF(circulating recombinant form)が15種類確認されている。日本の感染者の主なサブタイプは、BとCRF01_AEであり、サブタイプBがおよそ75%、CRF01_AEが 20%、残りがそのほかのサブタイプとなっている。
2009年、HIV-1にゴリラ由来とみられる新種が発見され、グループPとして分類された。
■歴史
1983年にパスツール研究所のリュック・モンタニエとフランソワーズ・バレシヌシらによってエイズ患者より発見され、LAV(Lymphadenopathy-associated virus)と命名された。1984年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)のロバート・ギャロらも分離に成功しており、HTLV-III(Human T-lymphotropic virus type III)と命名した。続いてカリフォルニア大学サンフランシスコ校のレヴィらも分離に成功しARV(AIDS-associated retrovirus)と命名された。1985年にモンタニエらが別のエイズの原因ウイルスを分離し、LAV-2(Lymphadenopathy-associated virus-2)と命名された。LAV、HTLV-IIIおよびARVは、後にいずれも同じウイルスである事が明らかとなりHIV-1と改称され、LAV-2はHIV-2と改称された。
最初の発見者をめぐってモンタニエとギャロの仏米の研究チームが長年にわたって対立し、1994年に両者がともに最初であるとして決着したが、長期の対立はエイズ治療薬の特許が絡むもので、治療薬の発売を遅らせないための政治的決着であった。
2008年10月6日、フランスのモンタニエとバレシヌシの二人がウイルスの発見者として2008年のノーベル生理学・医学賞を授与されることが発表された。
■症状
非常に変異しやすいウィルスでありウイルスの表面抗原がそれぞれ違うといえるほど多種多様な型がある。その為、ワクチンを作成する事は困難である。特定の抗原に対して抗体を作ることが出来るワクチンを作成する事に成功したとしても、すぐに変異ウイルスが出現してしまい、臨床で実用することが難しい。
■病原性
HIVは免疫機能の発動に必要なCD4+T細胞というリンパ球などに感染し、比較的長い潜伏期の後に活性化してCD4+T細胞を破壊してしまう。CD4+T細胞が著しく減少すると体内の免疫力が極度に低下し、免疫が正常であれば排除できるような病原体にも簡単に感染する日和見感染を起すようになり、容態が不安定になる。進行すれば、その他の合併症等を引き起こし死に至る事も多い。
エイズとはこのように感染後の潜伏期を経て陥ってしまう免疫不全状態を指し、単にHIVに感染しただけ(HIVキャリア)ではエイズとは呼ばない。他にも、HIVは脳神経の免疫を担うミクログリア細胞に感染する事が判明しており、HIVに感染したミクログリア細胞が神経系組織に影響を及ぼし、精神障害や認知症など神経症状を呈するエイズ脳症を引き起こす。
■感染経路
HIVは通常の環境では非常に弱いウイルスであり、一般に普通の社会生活をしている分には感染者と暮らしたとしてもまず感染することは無い。感染する原因の内訳は、肛門性交によって感染する割合が最も高い(必然的に同性間での性的接触による割合が多くなる)。それは妊娠のリスクが無い為、性交時にコンドームを使用せず、直腸内で射精する行為が多い為である。次いで異性間の膣性交によるものが多い。全体の多くは性行為による感染で、注射器の使い回しによる感染、母子感染などが後に続く。
一般に感染源となりうるだけのウイルスの濃度をもっている体液は血液・精液・膣分泌液・母乳が挙げられる。
一般に感染しやすい部位としては粘膜(腸粘膜、膣粘膜など)、切創(せっそう)や刺創(しそう)などの血管に達すような深い傷などがあり、通常の傷のない皮膚からは侵入する事はない。その為、主な感染経路は以下の3つに限られている。
○性的感染
性交による感染では、性分泌液に接触する事が最大の原因である。通常の性交では、女性は精液が膣粘膜に直接接触し血液中にHIVが侵入する事で感染する。男性は性交によって亀頭に目に見えない細かい傷ができ、そこに膣分泌液が直接接触し血液中にHIVが侵入する事で感染する。その為、性交でなくても性器同士を擦り合わせるような行為でもHIV感染が起こる恐れがある。また肛門性交では腸粘膜に精液が接触しそこから感染するとされている。腸の粘膜は一層の為に薄く、HIVが侵入しやすい為、膣性交よりも感染リスクが高い。
コンドームの着用がHIVの性的感染の予防措置として有効である。ただし使用中に破れたり、劣化した物を気付かずに使用する場合があるため、完全に感染を防ぐことができるとは言えない。コンドームの使用に際しては、信頼できる製品を使用期限内に正しい用法で用いることが推奨される。
また割礼によって感染リスクが低減するという研究結果が複数ある。傷つきやすく、免疫関連細胞の多い包皮を切除することで、HIVの侵入・感染が抑えられる為だと考えられている。
なお口腔で性器を愛撫する場合も、口腔内に歯磨きなどで微小な傷が生じていることが多く、そこに性液が接触することで、血液中にウイルスが侵入する恐れがある。
○血液感染
感染者の血液が、傷、輸血、麻薬まわし打ち等によって、血液中に侵入する事で感染が成立する。特に麻薬・覚醒剤中毒者間の注射器・注射針の使い回しは感染率が際立って高く、99.999999%感染するといわれている。以前は輸血や血液製剤からの感染があったが、現在では全ての血液が事前にHIV感染の有無を検査され、感染のリスクは非常に低くなっている。医療現場においては、針刺し事故等の医療事故による感染が懸念され、十分な注意が必要である。
○母子感染
母子感染の経路としては三つの経路がある。出産時の産道感染、母乳の授乳による感染、妊娠中に胎児が感染する経路である。
産道感染は子供が産まれてくる際、産道出血による血液を子供が浴びる事で起こる。感染を避ける方法として、帝王切開を行い母親の血液を付着させない方法があり、効果を上げている。
母子感染の経路として母乳による感染が報告されており、HIVに感染した母親の母乳を与える事は危険とされている。この場合は子供に粉ミルクを与える事によって、感染を回避する事が出来る。
胎内感染は、胎盤を通じ子宮内で子供がHIVに感染する事で起こる。物理的な遮断が出来ない為、感染を回避する事が難しい。感染を避ける方法として、妊娠中に母親がHAART療法により血中のウイルス量を下げ、子供に感染する確率を減らす方法がとられている。
■臨床像
通常感染してから長期間経過した後に日和見感染症などを発症する。23の日和見感染症のいずれかを発症した場合にAIDS発症と判断される。
* カンジダ症
* クリプトコッカス症
* ニューモシスチス肺炎(PC肺炎=旧カリニ肺炎)
* コクシジオイデス症
* ヒストプラズマ症
* クリプトスポリジウム症
* トキソプラズマ脳症
* イソスポラ症
* サルモネラ菌血症
* サイトメガロウイルス感染症
* 化膿性細菌感染症
* 帯状疱疹/単純ヘルペスウイルスなどヘルペスウイルス感染症
* 活動性結核 (active tuberculosis)
* 非定型抗酸菌症
* 反復性肺炎
* リンパ性間質性肺炎・肺リンパ過形成
* カポジ肉腫
* 原発性脳リンパ腫
* 非ホジキンリンパ腫
* 浸潤性子宮頸癌
* 進行性多巣性白質脳症
* HIV脳症
* HIV消耗性症候群
■検査
感染の機会があってから3ヶ月以上経過した後であれば、採血による血液検査でHIV特異抗体を検出する事ができ、感染の有無を確認する事ができる(但し最近は判定キットの精度の向上により2ヶ月程度でも問題ないとされる)。しかし、HIVの感染初期においては抗体が十分に作られず、血液検査では検出できない期間がある。この期間をウインドウ期間(ウインドウピリオド・空白期間)と呼んでおり、およそ2ヶ月ほどある。その為、この間に血液検査を行っても陰性と判断されてしまう。また抗体検査では非特異的な反応によって、あたかも陽性であるかのような偽陽性の結果が出る場合がある。その為、確定診断として、血中のウイルスRNAをRT-PCR法によって検出するウイルスDNA検査も広く行われている。
検査は全国の保健所で匿名・無料で受ける事が出来る。また、自分の居住地以外の保健所でも検査を受ける事ができる。そして有料であるが、医療機関でも検査を受ける事が出来る。都市部の保健所では、夜間や休日にも検査を行っている所があり、仕事や学業に影響を与えず検査できる体制を整えつつある。結果はおよそ一週間ほどで判明するが、近年は30分以内で判明する即日検査も普及し始めている。
献血においては安全性の面から検査を行っているが、陽性であってもその結果は献血者本人に知らせる事はない。それは感染リスクのある人間が、検査目的で献血することを防ぐためである。一方で、通知しないことにより感染者が再び献血をしてしまう懸念もある。ウイルスが検出できないウインドウ期間があり、この期間に献血をしてしまうと、汚染血液が検査をすり抜けて輸血患者にウイルスを感染させてしまう。その為、決して検査目的で献血を行ってはならない。 HIVのウインドウ期間はおよそ2ヶ月ほどであり、最も感度の高い核酸増幅試験(NAT)では、感染後およそ1ヶ月が経過した後にウイルス血症に陥ってから平均11日から22日後に検出可能であり、平均22日以降では抗体によって検出が可能となる。NATで検出が出来ない期間を「NATウインドウ期間」、抗体による検出が出来ない期間を「血清学的ウインドウ期間」という。感染が疑われる機会があった場合は、それから1ヶ月半以上経過の後に血液検査を行ってから、献血を行う事が望まれる。
なお、「陽性であっても、その結果は献血者本人に知らせることは無い、と公表しているが、実際のところ告知を行ってるかどうかは不明(場合によっては告知する場合がある)である」などという言説がよくあるが、これは全くの誤りであり、悪質なデマである。
現在、NATは試薬が大変高価で検査費用が高い事、完全自動化されておらず一度に大量の検査ができない為、20検体を1つにプールしてNATを実施し(ミニプールNATと呼ばれている)、あるプール検体が陽性となった場合はプールされている20検体をし(個別NATと呼ばれている)、陽性の検体を特定して、その検体に対応する血液のみ廃棄するという方法をとっている。
感染が疑われる場合は、第一に全国の保健所及び医療機関に相談する事が先決である。
■治療
HIVがレトロウイルスである事から、HIV自身が増殖に必要な酵素を阻害する、逆転写酵素阻害剤(NRTI)、プロテアーゼ阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤 (NNRTI) が開発され治療薬として使われている。現在のHIV治療はこれらを複数組み合わせて使用する。これは多剤併用療法、HAART(HAART療法、Highly Active Anti-Retroviral Therapy)、カクテル療法などと呼ばれている。また、ウイルスが細胞に取り付くところを抑制する薬剤(フュージョンインヒビター)の開発もされ、米国及び、EUで認可されている。 HIV治療薬は適正な使用によりHIVの増殖を抑制し、患者の免疫機能を回復させ病勢の進行を遅らせるのに一定の効果があり、現在ではHIV感染症は長期にわたりコントロールできる疾患になりつつある。しかしHIV自体を体内から排除する根本治療ではない。
また、現在では抗ウイルス薬とは全く違うアプローチでHIVを阻止しようという試みもあり、臨床実験が行なわれている。
■一般的な医療機関にて
HIVに関してはガイドラインが半年ごとに改訂されるほど治療の進歩が激しい分野である。はっきりいってしまえば専門家以外治療することはできない。一般内科医としてできることはスクリーニングと、安定期に入った場合のフォローアップだけである。そのあたりを重点的に纏める。HIVは主にCD4陽性Tリンパ球とマクロファージ系の細胞に感染するレトロウイルスである。HIV感染症は大きく分けて急性感染期、無症候期、AIDS期の3段階に分かれる。感染後1~2週間で急性感染期(大抵は感冒症状)を認め、その後無症候期となり患者ごとのHIVRNA量(セットポイント)に落ち着く。無症候期が 10年程度続くが、その間にCD4陽性T細胞数は徐々に減少していき、200/μl以下になると日和見感染症、日和見腫瘍が発生しAIDSとなる。無治療の場合はAIDS発症後2年程度で死亡する。急性期とAIDS期の長さに個体差は少なく、無症候期の長さに大きな個体差があることが知られている。かつてはHIV感染者とAIDS患者を厳密に区別していたが、現在治療が極めて進歩したため、AIDS発症によって医療機関を受診した人も日和見感染を起こさないCD4数まで回復するようになっており、あくまでもスペクトラムで理解するべき概念となった。日本においてHIV感染者はかつては血友病患者が大多数である極めて特殊な疾患であった。その後普通の性行為で感染するSTIとして認識がされるようになった。重層扁平上皮で酸性に維持されている膣壁に比べて単層立方上皮である直腸粘膜は感染防御という点では弱く、アナルセックスを行う場合はリスクファクターとなる。事実、男性同性愛者のHIV感染者が多い傾向がある。日本は先進国中例外的にHIV感染者が増加する傾向がある。 HIV感染自体は殆ど無症候であるために感染者、患者の多くは一般病院、診療所で発見されることが多い。具体的には梅毒、クラミジアといったSTIを契機に、または結核(HIVでは結核をおこしやすく、さらに重症化しやすいことが知られている)、帯状疱疹(繰り返す場合は特に重要)、肺炎、腔内カンジダなど繰り返す感染症での発見が多い。HIVというと日和見感染の方が有名だが、細胞性免疫の低下が起こるため不自然な発症年齢での繰り返す感染症では特に疑わなければならない。好中球減少症では好気性グラム陰性桿菌、腸球菌、カンジダ、アスペルギルスが問題となるためエンピリカルな治療が行いやすいのに対して細胞性免疫不全はあらゆる種類の病原微生物の感染を起こすため、エンピリカルな治療を行わないのが通常である。強いて言えば細胞内寄生菌や麻疹、ヘルペスといった一般ウイルスの感染症が細胞性免疫不全を疑える所見となる。簡単に培養、検出ができず生検などが確定診断となるような感染症が多く、治療薬に毒性が強いものが多いというのも特徴の一つである。とはいえ、細胞性免疫不全は標準的な感染症の頻度も高くなるためにこれらの特徴のみで診断を行うのは注意が必要である。HIV患者の病勢はPCRによって行うウイルス量とフローサイトメトリーによって行うCD4陽性細胞数で把握されることが多い。CD4数は現在の病態を反映する数値である。正常ならば800~1200個/μlであるがHIVに感染すると徐々に低下していく。500個/μl程度では帯状疱疹、結核、カポジ肉腫、非ホジキンリンパ腫、200個/μl程度ではカリニ肺炎、トキソプラズマ脳症、 100個/μlではクリプトコッカス髄膜炎、50個/μlではサイトメガロウイルス、非定型抗酸菌症を起こしやすいとされており、それぞれ適した予防投与やスクリーニング検査が求められる。サイトメガロウイルス感染症は眼、消化器、神経で起こることが多いが眼病変、サイトメガロウイルス網膜炎は眼科医による視診がなければ診断は難しい。黄斑部に病変があれば視力低下にて気が付けることもある。もう一つの指標がPCRにて測定されるウイルス価である。ウイルス価は病気の進行速度を示す。おおよそ50個/μl以上のウイルスがあれば検出可能とされている。現在のHIV治療が治癒を期待できないため、一度でも感染したら、この検査で検出不能となったとしても、治療を中止すると見事に再発することが知られている。HIVの一部がメモリーTリンパ球(極めて寿命が長い)に潜伏感染をしているからである。
■感染上位10ヵ国 (位 国 %)
1 スワジランド王国 33.38
2 ボツワナ共和国 24.10
3 レソト王国 23.24
4 ジンバブエ共和国 20.12
5 ナミビア共和国 19.56
6 南アフリカ共和国 18.78
7 ザンビア共和国 16.96
8 モザンビーク共和国 16.11
9 マラウイ共和国 14.09
10 中央アフリカ共和国 10.73
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